2014年3月3日月曜日

奈良の旅人エッセイ-31-「春の大和川」

「春の大和川」
               
 コープで買い物をしての帰り道、大和川沿いに車を走らせていると、 イーゼルを立てて絵を描いている初老の男性が目に入りました。一瞬知っている人のような気がしてスピードをゆるめ、それとなく顔を見ました。私は絵を描いている人を見かけると嬉しくなって、どんな絵なのか興味深々。その人の絵は大和川の土手に咲いている西洋からし菜と深緑の山、それに川でした。おだやかな春の大和川風景です。一面を黄色に染める西洋からし菜は春の風景を鮮やかに彩り、心まで浮き立たせてくれます。
 絵を描いていた初老の男性は見知らぬ人でしたが、今は亡きM先生にどこか面差しが似ている気がしました。町の文化教室で水彩画を教えていただいた方です。風景画が得意の先生でした。デッサンはおおまかでいきなり絵具を塗って仕上げていくやり方はなかなか真似ができません。
「何回も塗ったらだめだよ、色が濁るから」 が口癖でした。私はなかなか色が出せないのに、先生はまるでマジック。さっと色が決まり、水彩画のやさしい絵ができあがります。細かいことは何もおっしゃらず、自由に描かせながら的確なアドバイスをくださるので図画の時間が苦手だった私も楽しく時間を過ごしました。
 法隆寺、法起寺、法輪寺、信貴山、それに大和川や竜田川など先生といっしょに何度も写生に出かけたのでした。絵に描くと、見慣れている風景や寺院がとても新鮮で魅力的に見え、特別の存在になっていきました。
  年代も体型も違う人を、絵を描いているというだけで先生のようにどうして思ったのだろうと思わず笑いかけて、気づきました。4月は先生の命日。「たまには 思い出せよ」とのメッセージだったのかもしれません。私は今も絵を続けています。三室山の桜、平群の山並みといった生活圏からちょっと足を延ばして明日香村や奈良町など、描きたい風景がまだまだたくさんです。先生のことを時々だけど思い出しながら、奈良を描いていくのが私の一番楽しい時。今、寒い庭の片隅に咲く水仙をデッサン中。

奈良県在住 A.M.様 60代 女性