「秋篠寺を訪ねて」
夫と二人で奈良を旅して秋篠寺を訪ねたのは、九月の終わりの曇り空の午後でした。雨を包み込んだ雲に覆われたこの日の奈良は、しっとりとした衣を纏っているようでした。
近鉄奈良線の大和西大寺駅で降りて、雨が降っていないことを確かめた私たちは、秋篠寺まで歩くことにしました。歩くことで、その町が持っている雰囲気や匂
いを感じ、新たな発見をするという楽しみがあります。楽しい気付きがあることを願いつつ、バス道路に沿って私達は歩き始めました。
西大寺
駅から秋篠寺までの道程は歩きやすい道ではありません。北西に湾曲しているこの道は車の往来が多く、しかし歩道は狭い。でも、そこに点在している建物は興
味深いものでした。駅からすぐのところにある酒屋はこの地方の地酒の銘柄を入口の開き戸に貼り出してあり、それを全部読みあげることは楽しかったし、何気
なく佇んでいるケーキ屋の様子やマンションの在り方も趣深いものでした。そういった普通の町の延長線、奈良秋篠局という郵便局を北へ向かい、競輪場の標識
からさらに北へ進むと、民家の中へ入っていきます。
秋篠の里へ私達は踏み込んだのでした。もちろん、現代の里です。茅葺屋根の家があるわけではありません。しかし、それぞれの建物が千年以上
前から存在していると言われたら、そうかと納得できる匂いをこの里は持っているのでした。そんなことを思っていると、細かい雨が降り出しました。現代の里
に、この雨はよく合っています。傘をささずに歩き続けました。秋の初めの暖かい雨を受け止めながら歩いているうちに、お寺に着きました。雨に誘ってもらっ
たのでした。
門をくぐり、本堂へと向かいました。雨脚が少し強くなりましたが、やはり傘を使わずに歩きました。境内のたくさんの木々は、
秋になって、それぞれ枯れた緑色を呈し、二人を迎えてくれました。この寺は小さく美しく存在し、木々の間から何かしらの音が聞こえます。それは日本の古い
楽曲であったり、西洋のバロックであったり、時にはジャズであったりします。本堂が現れると、それまで木々に覆われていた視野が開け、自然と中へ足を踏み
入れていました。
秋篠寺の伎芸天は有名です。初めて観る私にも美しい仏像でした。それより、二人の一致した思いは、本尊の薬師如来の存在でした。この寺の御本尊は、若いお
顔をしていらっしゃるのです。私が今まで観た日本のお寺の御本尊の多くは、どっしりと鎮座していらっしゃるのですが、秋篠寺の薬師如来は少年の面影を残
し、爽やかなのです。側面から眺めたお顔も、左右それぞれ違う趣があり素敵です。少し距離をおいて向かい合うと、薄暗い本堂の中で光を放っているようなエ
ネルギーを感じます。それは、受け取る人間に希望を与えるような光でした。この日は参拝客も少なく、本堂の中で夫婦二人になることも多々ありました。三十
分ほど仏達と向かい合い、どちらからともなく本堂を後にしました。振り返って建物を見ると小さく佇み、このお寺の居住いを見るようでした。
帰りは畑の中を通り、駅へ向かうことにしました。途中、年配の女性に道を尋ねました。知らない土地で人と接することは楽しいものです。その女性は丁寧に教
えてくださいました。この里に住まわれて幾度となく旅人に道を訊かれたのでしょう。たぶん、秋篠寺が建立された頃から、旅人はこの土地の人に尋ねながら、
寺に詣でたのではないか…と思うと、「ふふっ」と笑いたくなりました。夫も同じことを思ったのでしょう。お互いに顔を見合わせて笑いました。
何でもない小さなことが、旅の記憶に残るものです。私にとっても、駅へ戻る途中の何ということのないこの出来事が、懐かしく思い出されます。暖かい記憶です。奈良には人の気持ちを暖かくさせる、そんな力があるのかもしれません。
愛知県在住 O.N.様 50代 女性
2014年2月28日金曜日
2014年2月27日木曜日
奈良の旅人エッセイ-27-「大人の修学旅行」
「大人の修学旅行」
私が奈良を意識するようになったのは高校の国語の教科書で堀辰雄の「浄瑠璃寺の春」を読んでから。
実際には京都にある寺であるとのちに知りましたが、私の中にのどかな奈良の印象が強く残りました。このことが奈良の大学への進学につながったのです。
入学後一番に向かったのはもちろん浄瑠璃寺でした。堀辰雄の文章の中にあったそのままがそこにありました。鶏の鳴き声も聞こえるようなのどかな風景。修学旅行で行った大きな寺とは違う寺の佇まい。のどかな情景の中にありながらきりりとした九体仏。ゆったりとした贅沢な時間を過ごしました。それからの4年間文字通り奈良を歩き回りました。なによりも日本の四季を感じられる生活を日々楽しみました。
そして30年たった今、空想する旅行は「大人の修学旅行」。添乗員となって気心の知れた友人と一緒に奈良を旅したい。普通の観光コースではなく私の歩いた奈良を一緒に歩いてほしい…コースは浄瑠璃寺から般若寺へ、そしてゴールは二月堂。私のお気に入りのコースです。
時は春分の日。奈良駅についたら一路浄瑠璃寺へ。馬酔木の花が出迎えてくれるでしょうか。ここでは彼岸についてのレクチャーを。ここは現存する貴重な浄土式庭園。まさに春分の日は東の薬師如来鎮座する三重塔から日が昇り、西の阿弥陀堂に日が沈むのです。またこの日は美しい色彩の残ったうるわしい吉祥天女像と ご対面できる日でもあります。
清々しい気分になったところで次の目的地般若寺へ。ここでは文殊菩薩がお出迎え。よく見るとやはり美しい色彩が残っています。コスモスで埋め尽くされた頃にまた来たいね、などと話をしながら寺の向かいの植村牧場へ。こんなところに牧場があることに驚いてほしい。 新鮮な牛乳やソフトクリームで一息つきます。
ここから般若寺坂を歩いて下ります。まず右奥に見えてくるのが瀟洒な煉瓦造りの奈良少年刑務所。しばらく下ると左手にはにこっと笑った夕日地蔵。その先には鎌倉時代ハンセン病患者などを収容したという北山十八間戸。さらにくだり佐保川を渡り幹線道路へ。
懐かしい下宿前を通り転害門をくぐり東大寺敷地へ。大仏殿の裏を進み私の一番好きな石畳の道を歩き二月堂に到着です。一日の終わりこの舞台から見る夕景は何よりのご褒美です。空の色の変化をゆっくりゆっくり味わいつつ思い出めぐりの旅を終わります。
学生時代の修学旅行での奈良の思い出を聞くとあまり覚えていない、という人が多く寂しく思います。いろいろな奈良を知ってほしい、好きになってほしい…「大人の修学旅行」いつか実現したいものです。
静岡県在住 O.M.様 50代 女性
私が奈良を意識するようになったのは高校の国語の教科書で堀辰雄の「浄瑠璃寺の春」を読んでから。
実際には京都にある寺であるとのちに知りましたが、私の中にのどかな奈良の印象が強く残りました。このことが奈良の大学への進学につながったのです。
入学後一番に向かったのはもちろん浄瑠璃寺でした。堀辰雄の文章の中にあったそのままがそこにありました。鶏の鳴き声も聞こえるようなのどかな風景。修学旅行で行った大きな寺とは違う寺の佇まい。のどかな情景の中にありながらきりりとした九体仏。ゆったりとした贅沢な時間を過ごしました。それからの4年間文字通り奈良を歩き回りました。なによりも日本の四季を感じられる生活を日々楽しみました。
そして30年たった今、空想する旅行は「大人の修学旅行」。添乗員となって気心の知れた友人と一緒に奈良を旅したい。普通の観光コースではなく私の歩いた奈良を一緒に歩いてほしい…コースは浄瑠璃寺から般若寺へ、そしてゴールは二月堂。私のお気に入りのコースです。
時は春分の日。奈良駅についたら一路浄瑠璃寺へ。馬酔木の花が出迎えてくれるでしょうか。ここでは彼岸についてのレクチャーを。ここは現存する貴重な浄土式庭園。まさに春分の日は東の薬師如来鎮座する三重塔から日が昇り、西の阿弥陀堂に日が沈むのです。またこの日は美しい色彩の残ったうるわしい吉祥天女像と ご対面できる日でもあります。
清々しい気分になったところで次の目的地般若寺へ。ここでは文殊菩薩がお出迎え。よく見るとやはり美しい色彩が残っています。コスモスで埋め尽くされた頃にまた来たいね、などと話をしながら寺の向かいの植村牧場へ。こんなところに牧場があることに驚いてほしい。 新鮮な牛乳やソフトクリームで一息つきます。
ここから般若寺坂を歩いて下ります。まず右奥に見えてくるのが瀟洒な煉瓦造りの奈良少年刑務所。しばらく下ると左手にはにこっと笑った夕日地蔵。その先には鎌倉時代ハンセン病患者などを収容したという北山十八間戸。さらにくだり佐保川を渡り幹線道路へ。
懐かしい下宿前を通り転害門をくぐり東大寺敷地へ。大仏殿の裏を進み私の一番好きな石畳の道を歩き二月堂に到着です。一日の終わりこの舞台から見る夕景は何よりのご褒美です。空の色の変化をゆっくりゆっくり味わいつつ思い出めぐりの旅を終わります。
学生時代の修学旅行での奈良の思い出を聞くとあまり覚えていない、という人が多く寂しく思います。いろいろな奈良を知ってほしい、好きになってほしい…「大人の修学旅行」いつか実現したいものです。
静岡県在住 O.M.様 50代 女性
2014年2月26日水曜日
奈良の旅人エッセイ-26-
奈良県との県境の大阪の端っこに住んでいた私は 子供の頃から家族とも友人とも、そして学校の行事でも奈良公園に行き、鹿と会う機会が多かった。
一昨年の冬 大阪の実家に帰った際、私は夫と共に奈良公園を訪れた。久しぶりに鹿に会えるのが、なんだかとても懐かしかった。お正月を少し過ぎていたが、人もそして鹿もたくさんいた。関東生まれで関東育ちの夫にとっては初めての奈良。人の多さよりも鹿の多さに驚いていた。
「鹿せんべい、 あげてみようかな?」動物好きの夫はとても嬉しそうだった。子供じゃないんだから四十過ぎたおっさんが・・・と心の中で思いつつ、まあ初めて来たから仕方ないかと 鹿せんべいを購入。するとそれを見ていた鹿たちは一斉に夫に群がってきた。前足を夫の胸の辺りにかけて餌を奪おうとするものもいた。夫にとっては初めての鹿の洗礼?だった。私は それを見てクスッと笑い、すかさず、その瞬間を写真におさめた。
「なんなんだ、これは?」「こんなの序の口でしょう?この辺の子はね、学校の遠足とかで奈良公園に来ると 鹿にお弁当食べられちゃったりするの。これぐらいで驚いてちゃだめだって。」
結局 夫は途中で一枚一枚おせんべいをあげるのをあきらめて 残りのおせんべいを全部まとめて遠くの方に投げ 私のほうに避難してきた。
帰ってきた夫のコートは、後ろについていた飾りのヒモがひきちぎられ ところどころ鹿の唾液でベトベトになっていた。
「やっぱり奈良公園の鹿を見ると心が和むね。」私がそういうと「遠くから見ているぶんはね。」と返事が返ってきた。
夫に限らず 初めて奈良の鹿に会う人は少なからずこんな経験をするのではないだろうか。そしてそれは どの場所よりも、いつまでも心に残る旅の思い出になるのだ。
案の定 休み明け 会社の同僚に奈良公園の鹿の話をしたら盛り上がったと 後日、夫は得意げに私に言った。
やっぱり 奈良を旅する楽しさは 鹿とのふれあいであることを私は心の中で再確認するのだった。
埼玉県在住 I.A.様 40代 女性
一昨年の冬 大阪の実家に帰った際、私は夫と共に奈良公園を訪れた。久しぶりに鹿に会えるのが、なんだかとても懐かしかった。お正月を少し過ぎていたが、人もそして鹿もたくさんいた。関東生まれで関東育ちの夫にとっては初めての奈良。人の多さよりも鹿の多さに驚いていた。
「鹿せんべい、 あげてみようかな?」動物好きの夫はとても嬉しそうだった。子供じゃないんだから四十過ぎたおっさんが・・・と心の中で思いつつ、まあ初めて来たから仕方ないかと 鹿せんべいを購入。するとそれを見ていた鹿たちは一斉に夫に群がってきた。前足を夫の胸の辺りにかけて餌を奪おうとするものもいた。夫にとっては初めての鹿の洗礼?だった。私は それを見てクスッと笑い、すかさず、その瞬間を写真におさめた。
「なんなんだ、これは?」「こんなの序の口でしょう?この辺の子はね、学校の遠足とかで奈良公園に来ると 鹿にお弁当食べられちゃったりするの。これぐらいで驚いてちゃだめだって。」
結局 夫は途中で一枚一枚おせんべいをあげるのをあきらめて 残りのおせんべいを全部まとめて遠くの方に投げ 私のほうに避難してきた。
帰ってきた夫のコートは、後ろについていた飾りのヒモがひきちぎられ ところどころ鹿の唾液でベトベトになっていた。
「やっぱり奈良公園の鹿を見ると心が和むね。」私がそういうと「遠くから見ているぶんはね。」と返事が返ってきた。
夫に限らず 初めて奈良の鹿に会う人は少なからずこんな経験をするのではないだろうか。そしてそれは どの場所よりも、いつまでも心に残る旅の思い出になるのだ。
案の定 休み明け 会社の同僚に奈良公園の鹿の話をしたら盛り上がったと 後日、夫は得意げに私に言った。
やっぱり 奈良を旅する楽しさは 鹿とのふれあいであることを私は心の中で再確認するのだった。
埼玉県在住 I.A.様 40代 女性
2014年2月25日火曜日
奈良の旅人エッセイ-25-
桜井から長谷街道を東へ進むと、平安時代より長谷観音信仰でにぎわった自然豊かな地に佇む長谷寺。四季折々の自然の美しさでいにしえより私たちを魅了し、静かな風情のある知る人ぞ知る名所である。
ある晩秋の朝、長谷寺へ向かった。気温は3℃、底冷えする寒さ。
参道を進んでいくと、閉まっているお店もあるけれど、昭和の香りがする新聞屋さんや紫源氏と書かれた酒屋さんなど古風で懐かしい感じ。お酒の空き缶を使った燈籠の形をした飾り物が朝の光に当たってキラキラとまぶしくて、風が吹くとクルクル回る風情のある門前町。草餅、土産などの誘惑を横目に振り切りつつ上り坂を進んでいくと、重厚な仁王門に到着した。
冷たい指先をカイロで温めながら門をくぐると、JR東海のCMで見た長い回廊が目の前にそびえたっている。階段は急ではないが、地味に低く疲れがじんわりとくる。室生寺よりは少ない399段の階段といっても、本堂に着く頃には息切れしていた。下を眺めると緩やかだが「ずいぶん高いところまで来たんだなぁ…」。と達成感に浸る。
御朱印を3種類頂いた。書いてもらっている間、長谷寺限定キティを発見!ご本尊の十一面観音をモデルとしたもので、「珍しいけど、キティちゃんにしちゃっていいものか…。慈悲深い観音様は怒らないかも」。なんて思いながら御朱印所を後にし、本堂へ入ると神々しい十一面観音菩薩が迎えてくれた。まるで「ようこそ、いらっしゃいました」。と慈悲深いまなざしで迎えてくれるようだ。そして、大きい。本当に3日間で作り上げたとは到底思えない。右手に錫杖、左手に水瓶…。「六根清浄?」。をインスピレーションせずにはいられない。ご利益ありそう。
堂内から外を見ると、紅葉が床に映っていて、何とも言えぬ美しさである。床そのものが磨かれており、若いお坊さんたちの日々の精進の様子を垣間見ることができる。舞台へ回ると、清水寺と似た構造で全体が見渡せる。彩りも様々で、濃い紅からオレンジ色、中には緑を残した木々もあり色彩のグラデーションが美しい。息を呑んでしまうほどに。
本堂を出て五重塔を挟んで、左に紅葉、右に桜の枝が見えた。春は桜、夏は紫陽花、秋は紅葉。さすが花の御寺である。感性豊かな歌人たちが、あまりの美しさに歌に残さずにはいられなかったのだろう。そのせいか、 案内表示やパンフレットも見やすくおしゃれなものになっている。残念なことに、千年の昔から絶えることなく続く正午の法螺貝の音色を聞かずに、寺を後にし てしまったことが悔やまれる。
今も西国33箇所8番札所として全国からの参詣者は絶えない。
今もなお大和の奥座敷から、私たちを見守っていることだろう。
茨城県在住 S.N.様 20代 女性
ある晩秋の朝、長谷寺へ向かった。気温は3℃、底冷えする寒さ。
参道を進んでいくと、閉まっているお店もあるけれど、昭和の香りがする新聞屋さんや紫源氏と書かれた酒屋さんなど古風で懐かしい感じ。お酒の空き缶を使った燈籠の形をした飾り物が朝の光に当たってキラキラとまぶしくて、風が吹くとクルクル回る風情のある門前町。草餅、土産などの誘惑を横目に振り切りつつ上り坂を進んでいくと、重厚な仁王門に到着した。
冷たい指先をカイロで温めながら門をくぐると、JR東海のCMで見た長い回廊が目の前にそびえたっている。階段は急ではないが、地味に低く疲れがじんわりとくる。室生寺よりは少ない399段の階段といっても、本堂に着く頃には息切れしていた。下を眺めると緩やかだが「ずいぶん高いところまで来たんだなぁ…」。と達成感に浸る。
御朱印を3種類頂いた。書いてもらっている間、長谷寺限定キティを発見!ご本尊の十一面観音をモデルとしたもので、「珍しいけど、キティちゃんにしちゃっていいものか…。慈悲深い観音様は怒らないかも」。なんて思いながら御朱印所を後にし、本堂へ入ると神々しい十一面観音菩薩が迎えてくれた。まるで「ようこそ、いらっしゃいました」。と慈悲深いまなざしで迎えてくれるようだ。そして、大きい。本当に3日間で作り上げたとは到底思えない。右手に錫杖、左手に水瓶…。「六根清浄?」。をインスピレーションせずにはいられない。ご利益ありそう。
堂内から外を見ると、紅葉が床に映っていて、何とも言えぬ美しさである。床そのものが磨かれており、若いお坊さんたちの日々の精進の様子を垣間見ることができる。舞台へ回ると、清水寺と似た構造で全体が見渡せる。彩りも様々で、濃い紅からオレンジ色、中には緑を残した木々もあり色彩のグラデーションが美しい。息を呑んでしまうほどに。
本堂を出て五重塔を挟んで、左に紅葉、右に桜の枝が見えた。春は桜、夏は紫陽花、秋は紅葉。さすが花の御寺である。感性豊かな歌人たちが、あまりの美しさに歌に残さずにはいられなかったのだろう。そのせいか、 案内表示やパンフレットも見やすくおしゃれなものになっている。残念なことに、千年の昔から絶えることなく続く正午の法螺貝の音色を聞かずに、寺を後にし てしまったことが悔やまれる。
今も西国33箇所8番札所として全国からの参詣者は絶えない。
今もなお大和の奥座敷から、私たちを見守っていることだろう。
茨城県在住 S.N.様 20代 女性
2014年2月24日月曜日
奈良の旅人エッセイ-24-「私の奈良旅」
「私の奈良旅」
私が初めて奈良に行ったのは、2011年です。
そのときは8才で、「奈良に行くよ」とママに言われて思いついたのは、“お寺”と“阿修羅さん”でした。奈良でお寺やお大仏様を観て、「昔の人はどうしてこんなにうまくお顔とか彫れるのかな?」と思いました。
私は、元々旅行に行くのが好きじゃなかったけど、お寺やお大仏様が気に入ったので、「また行ってみたい!」と思いました。ママやパパも奈良が好きになったので、それから毎年、奈良に行くようになりました。私が特に好きなのは阿修羅さんです。阿修羅さんは1度、東京で観たことがあって、うまく言えないけど、 魅力を感じました。奈良でみたら、「やっぱり1番!」と思いました。去年、奈良に行ったときは、(言いにくいことだけど)東大寺や唐招提寺のお大仏様がみんなユラユラ動いて見えたので怖かったです。でも、1つだけ良かったことは、阿修羅さんが私にほほえんでくれたような気がしたことです。それでとても嬉しくなって、その日は特に楽しかったです。
お寺と神社はなにがちがうんだろう。私は神社よりお寺のほうに興味があります。お大仏様にも一人 ひとりちがっていろんな像があります。お大仏様やお寺には作った人たちのたましいがこめられていると思います。だから本当に生きているかのように見えて人の心を動かす力があるのだと思います。お寺には不思議な力があると思います。
私が一番気に入っている風景は、東大寺の二月堂から見る夕焼けです。ピンク、オレンジの空や雲が心をいやしてくれます。大きなぼんぼりやろうそくの光も綺麗です。
次のお気に入りは明日香のサイクリングです。明日香でサイクリングをすると、坂をこぐのが大変で疲れるけど、東京ではみたことのないいろんな物があって、 興味がわいてきます。「どうして昔の人は古墳がお墓だったんだろう?鬼のせっちんとまないたはなんだったんだろう?」など、たくさん疑問がわいてきます。
その次のお気に入りは奈良倶楽部のおふとんです。ふかふかで寝やすいからです。朝の食事も、嫌いなものも少しあるけど美味しいです。
ママは今年も奈良に行くと言っているので、私も行きます。今度はどんなことがあるか楽しみです。
東京都在住 W.H.様 10歳 女性
私が初めて奈良に行ったのは、2011年です。
そのときは8才で、「奈良に行くよ」とママに言われて思いついたのは、“お寺”と“阿修羅さん”でした。奈良でお寺やお大仏様を観て、「昔の人はどうしてこんなにうまくお顔とか彫れるのかな?」と思いました。
私は、元々旅行に行くのが好きじゃなかったけど、お寺やお大仏様が気に入ったので、「また行ってみたい!」と思いました。ママやパパも奈良が好きになったので、それから毎年、奈良に行くようになりました。私が特に好きなのは阿修羅さんです。阿修羅さんは1度、東京で観たことがあって、うまく言えないけど、 魅力を感じました。奈良でみたら、「やっぱり1番!」と思いました。去年、奈良に行ったときは、(言いにくいことだけど)東大寺や唐招提寺のお大仏様がみんなユラユラ動いて見えたので怖かったです。でも、1つだけ良かったことは、阿修羅さんが私にほほえんでくれたような気がしたことです。それでとても嬉しくなって、その日は特に楽しかったです。
お寺と神社はなにがちがうんだろう。私は神社よりお寺のほうに興味があります。お大仏様にも一人 ひとりちがっていろんな像があります。お大仏様やお寺には作った人たちのたましいがこめられていると思います。だから本当に生きているかのように見えて人の心を動かす力があるのだと思います。お寺には不思議な力があると思います。
私が一番気に入っている風景は、東大寺の二月堂から見る夕焼けです。ピンク、オレンジの空や雲が心をいやしてくれます。大きなぼんぼりやろうそくの光も綺麗です。
次のお気に入りは明日香のサイクリングです。明日香でサイクリングをすると、坂をこぐのが大変で疲れるけど、東京ではみたことのないいろんな物があって、 興味がわいてきます。「どうして昔の人は古墳がお墓だったんだろう?鬼のせっちんとまないたはなんだったんだろう?」など、たくさん疑問がわいてきます。
その次のお気に入りは奈良倶楽部のおふとんです。ふかふかで寝やすいからです。朝の食事も、嫌いなものも少しあるけど美味しいです。
ママは今年も奈良に行くと言っているので、私も行きます。今度はどんなことがあるか楽しみです。
東京都在住 W.H.様 10歳 女性
2014年2月23日日曜日
奈良の旅人エッセイ-23-「光と闇と」
「光と闇と」
奈良に住んで 一年と9ヶ月。まだほとんど観光客気分の抜けないままの生活が続いている。それまでの東京暮らしとは 全部違う訳ではないのだけど やっぱりここは関西、そして古都。世界遺産の街で暮らすという贅沢を味わっている。
ガイドブックでは 「京都・奈良」と一緒に紹介されることが多いけど、来てみたら 「全然、違うなぁ~」と認識を改めさせられてしまった。
奈良は不便です。
新幹線は止まらないし もちろん空港も無い。同じ古都でも 京都とはその入り口からして違う。わざわざ「奈良へ行く」という意思がなければ 来られない。
そして そのちょっと不便というのが とてもいいのだと思っている。
私は JRで奈良へ帰って来るのが好き。特に大阪から帰って来る時の 奈良への近づき方が好きだ。 ある駅を過ぎるとパタッと人が少なくなり 夜だと どんどん闇が深くなる。
昼間なら 空が高く広くなって呼吸が楽になる感じがする。そう、奈良は田舎なのだ。
JR奈良駅に降りるのと 近鉄奈良駅から一歩踏み出すのとは 感想が全く違った。
やっぱり地上の駅から一歩を印すのが いいと思う。
朝。目が覚めるような まだまどろみが続くような朝。
そんな時 遠くから聞こえてくる鐘の音。
そんなに大きな音ではないので 聞き逃すことがほとんどだ。
あ、興福寺の鐘だなぁ、6時になったんだなぁ、と思いながら ゆっくりと数を数える。
でも、いくつ撞いているのか 全部を聞いたことはないと思う。また眠ってしまうか、思い切って起きてしまうか 何か考え事をしてしまって気が付いたときは終わっている。
興福寺の鐘で目が覚めるなんて なんて贅沢なんだろうか。
最初の一年間は 夢中であちらこちらと出かけ 国宝級の仏様を拝観した。いつか自分の好きな仏像に出会えるだろう。。。と思ったのだけど 今のところは まだ会えない。
それでも心に残ったいくつかの仏像はあり 何度も通ううちに自分との「相性」が分かってくるような気がしている。お寺も仏様も そして鹿も いい。
もし私が旅行代理店の係りだったら 絶対のお薦めはこれ。
「奈良には 宿泊したほうがいい。」これですね。
なぜならば 奈良の一番いい時間は 朝と夜だから。
ほとんどの人は奈良に泊まらない。午前中に来て 大急ぎで観光し 夕方にはもう奈良を去ってしまう。ほんとうにもったいないと思う。
朝のお掃除したての奈良公園を歩いてみて欲しいと思う。
春日大社の参道を独り占めして本殿まで歩いてみて欲しいと思う。
あの清々しさは 普段の生活ではなかなか味わえない。
何も考えず空っぽのこころにして歩いてみよう。
起き出した鹿も 歓迎してくれるはず。
そして夜。 奈良の夜は思ったより暗く 闇が深い。でも怖くはない。
東大寺の上院、一番奥で鎮まっている二月堂の舞台へと歩いてみて欲しいと思う。
途中、猫段を上って 鐘楼には8時に着くようにしよう。
一日に一度だけ撞かれる古の鐘の音に耳を傾けてみよう。
数百年の時空を超えて響いてくる鐘の音は 何度聞いてもいいものだ。
最後の余韻を味わったら二月堂の舞台へ向かってみよう。
いや、逆でもいい、舞台からの石段を下りてきて鐘を撞き始めるころ鐘楼に着くのもいいと思う。
何といっても 東大寺は一部の拝観場所を除いて 一晩中開いているのだから。
今の私の夢は 夏の一晩を二月堂の舞台で過ごしてみること。
夕焼けが終わり やがて満天の星空か 三日月の頃 奈良の街が漆黒の闇に鎮まってゆくのを見ながら 一晩を過ごす。 きっとうたた寝もするだろう。
朝のお勤めのお経で目が覚めるかもしれない。 二月堂は東側を背にしてるので 朝日は
見られないと思うけど 山際から昇って来た日が瓦の屋根を刻々と照らしてゆくだろう。
大仏殿の紫尾もますます金色に輝いてくれるに違いない。
問題があるとすれば 見回りの警備の人に怪しまれないかということ。
時々 歩き回った方がいいだろうか。
そうなのだ。奈良へ泊まるというハードルを越えさえすれば、そこからはそれぞれの奈良の時を紡いで行ける。
友人たちにも せっせと伝えている。
「奈良に来たら 泊まってね!」
ただし、我が家には空いてる部屋が無いので 自前でお願いしている。
去年は 3人来てくれた。今年はどうなるだろうか。
おみくじでは 「待ち人 音信なく来る」とのことなので、突然の来訪を楽しみに待つことにしよう。
奈良に住んで 一年と9ヶ月。まだほとんど観光客気分の抜けないままの生活が続いている。それまでの東京暮らしとは 全部違う訳ではないのだけど やっぱりここは関西、そして古都。世界遺産の街で暮らすという贅沢を味わっている。
ガイドブックでは 「京都・奈良」と一緒に紹介されることが多いけど、来てみたら 「全然、違うなぁ~」と認識を改めさせられてしまった。
奈良は不便です。
新幹線は止まらないし もちろん空港も無い。同じ古都でも 京都とはその入り口からして違う。わざわざ「奈良へ行く」という意思がなければ 来られない。
そして そのちょっと不便というのが とてもいいのだと思っている。
私は JRで奈良へ帰って来るのが好き。特に大阪から帰って来る時の 奈良への近づき方が好きだ。 ある駅を過ぎるとパタッと人が少なくなり 夜だと どんどん闇が深くなる。
昼間なら 空が高く広くなって呼吸が楽になる感じがする。そう、奈良は田舎なのだ。
JR奈良駅に降りるのと 近鉄奈良駅から一歩踏み出すのとは 感想が全く違った。
やっぱり地上の駅から一歩を印すのが いいと思う。
朝。目が覚めるような まだまどろみが続くような朝。
そんな時 遠くから聞こえてくる鐘の音。
そんなに大きな音ではないので 聞き逃すことがほとんどだ。
あ、興福寺の鐘だなぁ、6時になったんだなぁ、と思いながら ゆっくりと数を数える。
でも、いくつ撞いているのか 全部を聞いたことはないと思う。また眠ってしまうか、思い切って起きてしまうか 何か考え事をしてしまって気が付いたときは終わっている。
興福寺の鐘で目が覚めるなんて なんて贅沢なんだろうか。
最初の一年間は 夢中であちらこちらと出かけ 国宝級の仏様を拝観した。いつか自分の好きな仏像に出会えるだろう。。。と思ったのだけど 今のところは まだ会えない。
それでも心に残ったいくつかの仏像はあり 何度も通ううちに自分との「相性」が分かってくるような気がしている。お寺も仏様も そして鹿も いい。
もし私が旅行代理店の係りだったら 絶対のお薦めはこれ。
「奈良には 宿泊したほうがいい。」これですね。
なぜならば 奈良の一番いい時間は 朝と夜だから。
ほとんどの人は奈良に泊まらない。午前中に来て 大急ぎで観光し 夕方にはもう奈良を去ってしまう。ほんとうにもったいないと思う。
朝のお掃除したての奈良公園を歩いてみて欲しいと思う。
春日大社の参道を独り占めして本殿まで歩いてみて欲しいと思う。
あの清々しさは 普段の生活ではなかなか味わえない。
何も考えず空っぽのこころにして歩いてみよう。
起き出した鹿も 歓迎してくれるはず。
そして夜。 奈良の夜は思ったより暗く 闇が深い。でも怖くはない。
東大寺の上院、一番奥で鎮まっている二月堂の舞台へと歩いてみて欲しいと思う。
途中、猫段を上って 鐘楼には8時に着くようにしよう。
一日に一度だけ撞かれる古の鐘の音に耳を傾けてみよう。
数百年の時空を超えて響いてくる鐘の音は 何度聞いてもいいものだ。
最後の余韻を味わったら二月堂の舞台へ向かってみよう。
いや、逆でもいい、舞台からの石段を下りてきて鐘を撞き始めるころ鐘楼に着くのもいいと思う。
何といっても 東大寺は一部の拝観場所を除いて 一晩中開いているのだから。
今の私の夢は 夏の一晩を二月堂の舞台で過ごしてみること。
夕焼けが終わり やがて満天の星空か 三日月の頃 奈良の街が漆黒の闇に鎮まってゆくのを見ながら 一晩を過ごす。 きっとうたた寝もするだろう。
朝のお勤めのお経で目が覚めるかもしれない。 二月堂は東側を背にしてるので 朝日は
見られないと思うけど 山際から昇って来た日が瓦の屋根を刻々と照らしてゆくだろう。
大仏殿の紫尾もますます金色に輝いてくれるに違いない。
問題があるとすれば 見回りの警備の人に怪しまれないかということ。
時々 歩き回った方がいいだろうか。
そうなのだ。奈良へ泊まるというハードルを越えさえすれば、そこからはそれぞれの奈良の時を紡いで行ける。
友人たちにも せっせと伝えている。
「奈良に来たら 泊まってね!」
ただし、我が家には空いてる部屋が無いので 自前でお願いしている。
去年は 3人来てくれた。今年はどうなるだろうか。
おみくじでは 「待ち人 音信なく来る」とのことなので、突然の来訪を楽しみに待つことにしよう。
2014年2月22日土曜日
奈良の旅人エッセイ-22-「大仏への道」
「大仏への道」
名古屋駅発6:32分 亀山行
名古屋から奈良に行くルートは幾通りもありますが、関西本線で行く各駅停車の旅は、奈良の大仏さんのありがたさをひしひしと感じることができるルートではないでしょうか。冬の青春18切符の旅、名古屋駅のホームは日の出前、大仏への道はここから始まります。
亀山駅で加茂行の2両編成のディーゼルに乗り換え、山を越え、トンネルを抜けるうちに、時代をタイムスリップ、朝もやの中、静かに次の京をめざす聖武天皇の 遷都行列がぼんやりと見えてきます。743年、聖武天皇は紫香楽宮で大仏造立の詔を発布。大仏さんは紫香楽宮の近くにある甲賀寺で造立が始まりますが、火事が相次ぎ、奈良東大寺へ移ることになります。なんとしても大仏を完成させなければ、この国の民を救うことはできない、加茂駅で大阪行に乗り換えるときには、もう聖武天皇になりきっています。
9:59分、奈良駅着
三条通を歩いて近鉄奈良駅前の行基広場へ。行基さんに「大仏のこと頼んだぞ」と声をかけ、東大寺をめざします。やっと会えました。752年、大仏開眼供養が行われます。大仏殿で見上げる大仏さん、感無量です。大仏への道はたったの3時間半ですが、聖武天皇の苦難の道のりをしばしともにしたおかげで、大仏を前にすると、なぜこんなに大きな仏像を造らなければならなかったのかという理由がちょっとだけ見えてきたりします。奈良の大仏さんは、奈良に入る前、遷都ふらふら行列からアプローチするとまた違った大仏さんが楽しめると思います。
愛知県在住 Y.S.様 50代 女性
名古屋駅発6:32分 亀山行
名古屋から奈良に行くルートは幾通りもありますが、関西本線で行く各駅停車の旅は、奈良の大仏さんのありがたさをひしひしと感じることができるルートではないでしょうか。冬の青春18切符の旅、名古屋駅のホームは日の出前、大仏への道はここから始まります。
亀山駅で加茂行の2両編成のディーゼルに乗り換え、山を越え、トンネルを抜けるうちに、時代をタイムスリップ、朝もやの中、静かに次の京をめざす聖武天皇の 遷都行列がぼんやりと見えてきます。743年、聖武天皇は紫香楽宮で大仏造立の詔を発布。大仏さんは紫香楽宮の近くにある甲賀寺で造立が始まりますが、火事が相次ぎ、奈良東大寺へ移ることになります。なんとしても大仏を完成させなければ、この国の民を救うことはできない、加茂駅で大阪行に乗り換えるときには、もう聖武天皇になりきっています。
9:59分、奈良駅着
三条通を歩いて近鉄奈良駅前の行基広場へ。行基さんに「大仏のこと頼んだぞ」と声をかけ、東大寺をめざします。やっと会えました。752年、大仏開眼供養が行われます。大仏殿で見上げる大仏さん、感無量です。大仏への道はたったの3時間半ですが、聖武天皇の苦難の道のりをしばしともにしたおかげで、大仏を前にすると、なぜこんなに大きな仏像を造らなければならなかったのかという理由がちょっとだけ見えてきたりします。奈良の大仏さんは、奈良に入る前、遷都ふらふら行列からアプローチするとまた違った大仏さんが楽しめると思います。
愛知県在住 Y.S.様 50代 女性
2014年2月21日金曜日
奈良の旅人エッセイ-21-「奈良へ行く旅、帰る旅 ~唐招提寺にて~」
「奈良へ行く旅、帰る旅 ~唐招提寺にて~」
私の記憶にある最も古い奈良旅の思い出は、国鉄の急行「かすが」号に乗って、家族で大仏さんを見に行ったことである。以来、幾度となく訪れる奈良は、行くところであり、帰るところでもあるような気がする。
大仏さんを見に行った頃、『奈良のだいぶつ』という子ども向けの歴史の本を買ってもらった。そこには、大仏建立をはじめ、和気清麻呂が宇佐八幡宮の神託を 聞きに行く話や、阿倍仲麻呂が帰ることのない故郷を思いつつ「天の原ふりさけ見れば春日なる…」の歌を詠んだ話などが紹介されていた。
中でも、繰り返し読んだのが、鑑真和上の渡航の話であった。何度も失敗し、危険な目に遭い、病に伏す和上を案じる弟子の普照に対し、優しくねぎらいの言葉をかける和上。過酷な状況にも関わらず、そこに流れる温かい空気に、おじいさんと一緒にいたら、それだけで安心できるような、そんな不思議な心地よさを感じていた。和上の優しさにふれたくて、このページを開いていたのかもしれないと思う。
私が一番好きな奈良は唐招提寺。何かに行き詰まった時、寂しい気持ちになった時、ふと訪れたくなる場所だ。エンタシスの太い柱の美しさも、御廟の静けさも、戒壇跡のピーンと張り詰めた雰囲気も、ご本尊さまのどことなくのんびりしたお顔も、季節ごとに咲く花も、その全てが大好きだけれど、何よりも、「胎内」という言葉を連想させる、あの深い森につつまれていると、和上と普照のやりとりが思い起こされ、温かいものが自分の中に満ちてくるような気がする。そして、この森を出たら、もう一度生まれ変われるんじゃないか、頑張れるんじゃないかと思えるのである。あの森に、また帰りたくなって、私は奈良を訪れるのだろう。
先日、和上が渡航を決意したとき、既に54歳になっていたことに初めて気付いた。職歴も地位もあっただろう。長年かかって積み上げてきた生活習慣や人間関係の重みも感じていただろう。 その年齢に達するまで、あと数年ある私でさえ、失うものの数を数え、今の自分にとらわれ、変わることを恐れてしまうのに、和上は渡航を決めた。全てを捨て、危険を冒してまで、遠い他国に行こうとする意志の強さ。新たなものに向かおうとする柔軟な心。和上を駆り立てたのは、信じるものに対する責任感であり、自分の決意に対する信頼でもあったのではないかと思う。しかし、まだ明確な答えは見つからない。
その答えを探しに、私は、これからも唐招提寺を訪ねるだろう。近年では、和上の故郷の花「瓊花」の公開もあり、その白さ、可憐さの中で、和尚の心に思いを馳せ、問いかけることができる。「あなたはどうして、そんなに優しいのですか?」「そんなに強いのですか?」「とらわれないのですか?」「私も、いつか、あなたのようになれるでしょうか?」
私にとっての奈良旅は、行く旅でもあり、自分に帰る旅でもあるのだと思う。
三重県在住 Y.K.様 40代 女性
私の記憶にある最も古い奈良旅の思い出は、国鉄の急行「かすが」号に乗って、家族で大仏さんを見に行ったことである。以来、幾度となく訪れる奈良は、行くところであり、帰るところでもあるような気がする。
大仏さんを見に行った頃、『奈良のだいぶつ』という子ども向けの歴史の本を買ってもらった。そこには、大仏建立をはじめ、和気清麻呂が宇佐八幡宮の神託を 聞きに行く話や、阿倍仲麻呂が帰ることのない故郷を思いつつ「天の原ふりさけ見れば春日なる…」の歌を詠んだ話などが紹介されていた。
中でも、繰り返し読んだのが、鑑真和上の渡航の話であった。何度も失敗し、危険な目に遭い、病に伏す和上を案じる弟子の普照に対し、優しくねぎらいの言葉をかける和上。過酷な状況にも関わらず、そこに流れる温かい空気に、おじいさんと一緒にいたら、それだけで安心できるような、そんな不思議な心地よさを感じていた。和上の優しさにふれたくて、このページを開いていたのかもしれないと思う。
私が一番好きな奈良は唐招提寺。何かに行き詰まった時、寂しい気持ちになった時、ふと訪れたくなる場所だ。エンタシスの太い柱の美しさも、御廟の静けさも、戒壇跡のピーンと張り詰めた雰囲気も、ご本尊さまのどことなくのんびりしたお顔も、季節ごとに咲く花も、その全てが大好きだけれど、何よりも、「胎内」という言葉を連想させる、あの深い森につつまれていると、和上と普照のやりとりが思い起こされ、温かいものが自分の中に満ちてくるような気がする。そして、この森を出たら、もう一度生まれ変われるんじゃないか、頑張れるんじゃないかと思えるのである。あの森に、また帰りたくなって、私は奈良を訪れるのだろう。
先日、和上が渡航を決意したとき、既に54歳になっていたことに初めて気付いた。職歴も地位もあっただろう。長年かかって積み上げてきた生活習慣や人間関係の重みも感じていただろう。 その年齢に達するまで、あと数年ある私でさえ、失うものの数を数え、今の自分にとらわれ、変わることを恐れてしまうのに、和上は渡航を決めた。全てを捨て、危険を冒してまで、遠い他国に行こうとする意志の強さ。新たなものに向かおうとする柔軟な心。和上を駆り立てたのは、信じるものに対する責任感であり、自分の決意に対する信頼でもあったのではないかと思う。しかし、まだ明確な答えは見つからない。
その答えを探しに、私は、これからも唐招提寺を訪ねるだろう。近年では、和上の故郷の花「瓊花」の公開もあり、その白さ、可憐さの中で、和尚の心に思いを馳せ、問いかけることができる。「あなたはどうして、そんなに優しいのですか?」「そんなに強いのですか?」「とらわれないのですか?」「私も、いつか、あなたのようになれるでしょうか?」
私にとっての奈良旅は、行く旅でもあり、自分に帰る旅でもあるのだと思う。
三重県在住 Y.K.様 40代 女性
2014年2月20日木曜日
奈良の旅人エッセイ-20-「歌うたいの彼をたどる奈良旅」
「歌うたいの彼をたどる奈良旅」
琵琶湖を左手に眺めながらウトウトしていると京都駅のアナウンス。
慌てて降りたら改札を左に曲がり、近鉄電車乗り場へ直行。駅構内のコーヒーショップへ。特急電車のホームに近いここでコーヒーを待ちながら、発車メロディを聴くところから私の奈良旅が始まる。
そのまま特急に乗り込んでも良いけれど、今日は向う側の急行ホームへ。
歌うたいな彼の縁結で知り合った、旅の相方の住む街は特急電車は停まらないから。
途中駅から乗り込んできた相方との再会を喜びながら、まず向かう先は西ノ京 薬師寺。空模様を気にしながら東塔の前で聴いた彼の歌声は今でも忘れられない。
そのままてくてくと北へ歩いて唐招提寺へ。ここで大好きな千手観音様とご対面。わらわらと差し出される手を見ていると時間がたつのを忘れてしまいそうになるけれど、もう少し頑張って たまうさぎ本店まで。できたてのお団子とお茶で一服したら尼ヶ辻から近鉄奈良駅へ。
ならまちへ向かいお昼ごはんの予約を済ませてから、ここだけは外せない春鹿にて利き酒。
日本酒ダメだった私が飲めるようになったのは春鹿さんのおかげ。
店員さんとの会話も楽しく、そして彼の話題にも一緒に盛り上がってくれる。
試食の奈良漬に手が止まらず、〆に甘いときめきを頂く頃にはすっかりいい気分で相方とならまちをぶらぶら散策。我が家の常備薬 陀羅尼助を購入したら、そろそろランチが良い頃合い。過去に彼が立ち寄っていなくても確実に人気店なカナカナ。案内された席が偶然彼の座った席だったら ラッキー!優しい味のカナカナごはんを頂きながらお互いの近況や彼の話、居心地の良さも相まって時間はいくらあっても足りない。
途中 彼が大好物というケーキを食べたかったけれど、手作りのお店ゆえ今日は売り切れ、また今度のお楽しみ。もちいどの商店街、角のコロッケ屋さんの香りに誘われつつ近鉄奈良へ戻り、西大寺へ。桜の木の成長に月日を感じながらお参り。ご朱印帳に挟まれた「縁を結いて」の文字が温かい。
そして最後は平城京跡まで。空の広さや夕焼けの美しさを改めて教えられた場所。
西大寺駅へ戻り、年上のお兄様方に挟まれながら出発5分前まで立ち吞み処で別れを惜しむ。待ち望む彼の歌声を聴ける、その日が次の再会の日。
電車が動き出し姿が見えなくなるまで手を振って、ひとりになっても不思議と寂しさは感じないけれど、京都駅で最後にもう一度 発車メロディを聴くと時々ポロッとなる。飲みすぎでしょうか。
我が家には春鹿さんの利き酒グラスが10数個。今年はいくつ増えるかな。
福井県在住 I.K.様 40代 女性
琵琶湖を左手に眺めながらウトウトしていると京都駅のアナウンス。
慌てて降りたら改札を左に曲がり、近鉄電車乗り場へ直行。駅構内のコーヒーショップへ。特急電車のホームに近いここでコーヒーを待ちながら、発車メロディを聴くところから私の奈良旅が始まる。
そのまま特急に乗り込んでも良いけれど、今日は向う側の急行ホームへ。
歌うたいな彼の縁結で知り合った、旅の相方の住む街は特急電車は停まらないから。
途中駅から乗り込んできた相方との再会を喜びながら、まず向かう先は西ノ京 薬師寺。空模様を気にしながら東塔の前で聴いた彼の歌声は今でも忘れられない。
そのままてくてくと北へ歩いて唐招提寺へ。ここで大好きな千手観音様とご対面。わらわらと差し出される手を見ていると時間がたつのを忘れてしまいそうになるけれど、もう少し頑張って たまうさぎ本店まで。できたてのお団子とお茶で一服したら尼ヶ辻から近鉄奈良駅へ。
ならまちへ向かいお昼ごはんの予約を済ませてから、ここだけは外せない春鹿にて利き酒。
日本酒ダメだった私が飲めるようになったのは春鹿さんのおかげ。
店員さんとの会話も楽しく、そして彼の話題にも一緒に盛り上がってくれる。
試食の奈良漬に手が止まらず、〆に甘いときめきを頂く頃にはすっかりいい気分で相方とならまちをぶらぶら散策。我が家の常備薬 陀羅尼助を購入したら、そろそろランチが良い頃合い。過去に彼が立ち寄っていなくても確実に人気店なカナカナ。案内された席が偶然彼の座った席だったら ラッキー!優しい味のカナカナごはんを頂きながらお互いの近況や彼の話、居心地の良さも相まって時間はいくらあっても足りない。
途中 彼が大好物というケーキを食べたかったけれど、手作りのお店ゆえ今日は売り切れ、また今度のお楽しみ。もちいどの商店街、角のコロッケ屋さんの香りに誘われつつ近鉄奈良へ戻り、西大寺へ。桜の木の成長に月日を感じながらお参り。ご朱印帳に挟まれた「縁を結いて」の文字が温かい。
そして最後は平城京跡まで。空の広さや夕焼けの美しさを改めて教えられた場所。
西大寺駅へ戻り、年上のお兄様方に挟まれながら出発5分前まで立ち吞み処で別れを惜しむ。待ち望む彼の歌声を聴ける、その日が次の再会の日。
電車が動き出し姿が見えなくなるまで手を振って、ひとりになっても不思議と寂しさは感じないけれど、京都駅で最後にもう一度 発車メロディを聴くと時々ポロッとなる。飲みすぎでしょうか。
我が家には春鹿さんの利き酒グラスが10数個。今年はいくつ増えるかな。
福井県在住 I.K.様 40代 女性
2014年2月19日水曜日
奈良の旅人エッセイ-19-「私のきっかけ、奈良の旅」
「私のきっかけ、奈良の旅」
始まりは一冊の本だった。奈良へ旅することになったきっかけは『はじめ まして奈良』、本屋でこの本に出逢ったからだ。旅行の棚ではなくインテリア・雑貨の棚に何気なく置かれていたこの本、実は奈良でも人気のカフェ『カナカ ナ』を営むオーナーの井岡さんと、ライターである小我野さんのお二人がつくった、奈良への思い入れたっぷりの本だった。
そんなことはつゆ知らず、私は紹介されているおみやげやカフェにすっかり魅せられた。『パルロワ』のランチにうっとりし、『奈良ホテル』のクッキーに憧れ、百毫寺の五色椿の美しさにため息が出た。この本をめくりながら「ここに行く」と決めていた。
それからはあっという間の旅支度で、2年前の4月下旬、仕事帰りの金曜日の夜、主人と共に空路で奈良へ旅立った。夜分遅くに到着した近鉄奈良駅周辺は静かでしっとりとしていた。ホテルはネットで見つけた『小さなホテル奈良倶楽部』。東大寺まで歩いて行けるのが魅力で決めたけど、ここで大正解だった。こじんまりと丁寧に整えられたお部屋、美味しい朝食、何よりも“奈良のコンシェルジェ”と呼びたいオーナー谷さんの心配り、豊富な知識に旅先で一気に心が緩んだ。
翌日は朝から雨。法隆寺や憧れのカフェ『パルロワ』へ行き、唐招提寺をめぐるころにはドシャ降りに変わった。ずぶ濡れでお参りしたが、雨と霧に包まれた唐招提寺の美しいこと、この上なし。心から安らぎに満たされ、感謝の気持ちでいっぱいになり、有難いお参りができた。
実はこの旅より少し前、主人の母が眠るように急逝した。突然の母の死に主人も相当ショックを受けていたのだけど、この雨で鑑真和尚も一緒に涙を流し、心を洗い清めてくださったように思えたのだった。
翌日曜日の朝は快晴。朝食前に東大寺二月堂へ散歩がてら参拝する。この散歩道、そして二月堂の気持ちのよいこと、夫婦そろって言葉にならない幸せに満たされる。散歩しながら、もうここに住みたいというくらいに奈良が好きになっていた。
この旅行後も何度か奈良へ足を運ぶことになるが、いったい奈良のどこが好きなんだろう。ホテルへ向かうバス「青山住宅行き」を待つとき。地元のおじさんに道を尋ねられたとき。地元の人の気分になれる瞬間は最高の喜び!である。地図を食べられても心許せる鹿たち。大通りから一歩入った何気ない路地に漂う人の温もり。いや、もうたくさん、見つけてしまった。煙たがられても語りたい奈良のよさ。
声高に言わないけど自分の住む町を愛し、旅人を心広く受け入れる奈良の人が大好きだ。どんな人にも奈良に通じる扉がある。いつでも開く扉。私は本がきっかけで扉が開いたけど、みんなは何がきっかけだろう?そんな話で盛り上がってみたい。すべての人につながっている奈良に心から感謝!
宮崎県在住 H.M.様 40代 女性
始まりは一冊の本だった。奈良へ旅することになったきっかけは『はじめ まして奈良』、本屋でこの本に出逢ったからだ。旅行の棚ではなくインテリア・雑貨の棚に何気なく置かれていたこの本、実は奈良でも人気のカフェ『カナカ ナ』を営むオーナーの井岡さんと、ライターである小我野さんのお二人がつくった、奈良への思い入れたっぷりの本だった。
そんなことはつゆ知らず、私は紹介されているおみやげやカフェにすっかり魅せられた。『パルロワ』のランチにうっとりし、『奈良ホテル』のクッキーに憧れ、百毫寺の五色椿の美しさにため息が出た。この本をめくりながら「ここに行く」と決めていた。
それからはあっという間の旅支度で、2年前の4月下旬、仕事帰りの金曜日の夜、主人と共に空路で奈良へ旅立った。夜分遅くに到着した近鉄奈良駅周辺は静かでしっとりとしていた。ホテルはネットで見つけた『小さなホテル奈良倶楽部』。東大寺まで歩いて行けるのが魅力で決めたけど、ここで大正解だった。こじんまりと丁寧に整えられたお部屋、美味しい朝食、何よりも“奈良のコンシェルジェ”と呼びたいオーナー谷さんの心配り、豊富な知識に旅先で一気に心が緩んだ。
翌日は朝から雨。法隆寺や憧れのカフェ『パルロワ』へ行き、唐招提寺をめぐるころにはドシャ降りに変わった。ずぶ濡れでお参りしたが、雨と霧に包まれた唐招提寺の美しいこと、この上なし。心から安らぎに満たされ、感謝の気持ちでいっぱいになり、有難いお参りができた。
実はこの旅より少し前、主人の母が眠るように急逝した。突然の母の死に主人も相当ショックを受けていたのだけど、この雨で鑑真和尚も一緒に涙を流し、心を洗い清めてくださったように思えたのだった。
翌日曜日の朝は快晴。朝食前に東大寺二月堂へ散歩がてら参拝する。この散歩道、そして二月堂の気持ちのよいこと、夫婦そろって言葉にならない幸せに満たされる。散歩しながら、もうここに住みたいというくらいに奈良が好きになっていた。
この旅行後も何度か奈良へ足を運ぶことになるが、いったい奈良のどこが好きなんだろう。ホテルへ向かうバス「青山住宅行き」を待つとき。地元のおじさんに道を尋ねられたとき。地元の人の気分になれる瞬間は最高の喜び!である。地図を食べられても心許せる鹿たち。大通りから一歩入った何気ない路地に漂う人の温もり。いや、もうたくさん、見つけてしまった。煙たがられても語りたい奈良のよさ。
声高に言わないけど自分の住む町を愛し、旅人を心広く受け入れる奈良の人が大好きだ。どんな人にも奈良に通じる扉がある。いつでも開く扉。私は本がきっかけで扉が開いたけど、みんなは何がきっかけだろう?そんな話で盛り上がってみたい。すべての人につながっている奈良に心から感謝!
宮崎県在住 H.M.様 40代 女性
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