2014年2月1日土曜日

奈良の旅人エッセイ-1-「片道2時間の小旅行」

「片道2時間の小旅行」

日曜日の早朝、私は出掛ける準備に追われていた。目的地は遠い。
電車を上手く乗り継いでも片道二時間を要する。
「髪は、これでいいか」
激しい寝癖はディップで封じ込めた。瞬く間に堅物のサラリーマンのような頭になった。
見た目の清潔感は大事である、と自分に言い含めながら手早く腰にぶら下げた懐中時計で時間を確認した。二十分弱の余裕があった。
時間を有効に使う為に私はノートパソコンを起動した。すると一通の未開封のメールが届いていた。差出人の名前を見て、呑みの誘いと判断した。内容に目をやると、その通りであった。先約があるので簡単な断りのメールを返す。
メールの相手は長い付き合いの友人で、よく二人で居酒屋に足を運んだ。少し酒の回った頭で数多くの話に花を咲かせた。その中には奈良と京都の話題もある。どちらが先に言い出したのかは覚えていないが観光地の優劣を競い合った。
私は一時的な奈良の観光大使となった。まずは寺の数の多さを主張した。しかし、携帯電話で調べた結果では京都の方が多かった。古都のイメージが崩れる前に桜に話題を移した。
「一目千本の吉野のサクラは素晴らしい。葛城山には一目百万本のツツジがある」
 規模は違うが京都にもある、と返された。そこで無いものを考えた。
「京都と違って奈良には地下鉄が無い」
口にした瞬間、自慢になっていないような気がして取り消した。あとは思い付くことを次々に挙げていった。
「若草山の山焼きは大勢の人で賑わうし、東大寺の万灯供養会は幻想的だし、大晦日の大神神社の屋台は種類が豊富で見ているだけでも楽しい。近くには石上神宮があって、境内に鶏が放し飼いになっている。四メートルくらいの木の枝に止まっているのがいて、実際に飛ぶのを見たことがある」
最後の鶏の話は即行で否定された。鶏が飛ぶはずがない、と言われた。尾羽が長いので、ただの鶏とは違うのかもしれない。
「いや、ウソではない。本当に飛ぶ」
目で見た事実を伝える為に熱心に語ったことを今でも覚えている。そのせいなのか。酒の肴は枝豆やコロッケから焼き鳥に変わった。飲み物はビールから日本酒となり、話の決着がつかない内に二人とも酔っ払った。
「そろそろか」
懐中時計を目にした私は回想を打ち切った。玄関で真新しいシューズを履いて外に出る。
眩しい朝陽に目を細めた時、新たに奈良の良さを思い付いた。
奈良には私の恋人がいる。電車で片道二時間を要するが。

大阪府在住 T.A.様 40代男性