2014年2月25日火曜日

奈良の旅人エッセイ-25-

桜井から長谷街道を東へ進むと、平安時代より長谷観音信仰でにぎわった自然豊かな地に佇む長谷寺。四季折々の自然の美しさでいにしえより私たちを魅了し、静かな風情のある知る人ぞ知る名所である。
ある晩秋の朝、長谷寺へ向かった。気温は3℃、底冷えする寒さ。
参道を進んでいくと、閉まっているお店もあるけれど、昭和の香りがする新聞屋さんや紫源氏と書かれた酒屋さんなど古風で懐かしい感じ。お酒の空き缶を使った燈籠の形をした飾り物が朝の光に当たってキラキラとまぶしくて、風が吹くとクルクル回る風情のある門前町。草餅、土産などの誘惑を横目に振り切りつつ上り坂を進んでいくと、重厚な仁王門に到着した。
冷たい指先をカイロで温めながら門をくぐると、JR東海のCMで見た長い回廊が目の前にそびえたっている。階段は急ではないが、地味に低く疲れがじんわりとくる。室生寺よりは少ない399段の階段といっても、本堂に着く頃には息切れしていた。下を眺めると緩やかだが「ずいぶん高いところまで来たんだなぁ…」。と達成感に浸る。
御朱印を3種類頂いた。書いてもらっている間、長谷寺限定キティを発見!ご本尊の十一面観音をモデルとしたもので、「珍しいけど、キティちゃんにしちゃっていいものか…。慈悲深い観音様は怒らないかも」。なんて思いながら御朱印所を後にし、本堂へ入ると神々しい十一面観音菩薩が迎えてくれた。まるで「ようこそ、いらっしゃいました」。と慈悲深いまなざしで迎えてくれるようだ。そして、大きい。本当に3日間で作り上げたとは到底思えない。右手に錫杖、左手に水瓶…。「六根清浄?」。をインスピレーションせずにはいられない。ご利益ありそう。
堂内から外を見ると、紅葉が床に映っていて、何とも言えぬ美しさである。床そのものが磨かれており、若いお坊さんたちの日々の精進の様子を垣間見ることができる。舞台へ回ると、清水寺と似た構造で全体が見渡せる。彩りも様々で、濃い紅からオレンジ色、中には緑を残した木々もあり色彩のグラデーションが美しい。息を呑んでしまうほどに。
本堂を出て五重塔を挟んで、左に紅葉、右に桜の枝が見えた。春は桜、夏は紫陽花、秋は紅葉。さすが花の御寺である。感性豊かな歌人たちが、あまりの美しさに歌に残さずにはいられなかったのだろう。そのせいか、 案内表示やパンフレットも見やすくおしゃれなものになっている。残念なことに、千年の昔から絶えることなく続く正午の法螺貝の音色を聞かずに、寺を後にし てしまったことが悔やまれる。
今も西国33箇所8番札所として全国からの参詣者は絶えない。
今もなお大和の奥座敷から、私たちを見守っていることだろう。

茨城県在住 S.N.様 20代 女性