2014年2月26日水曜日

奈良の旅人エッセイ-26-

 奈良県との県境の大阪の端っこに住んでいた私は 子供の頃から家族とも友人とも、そして学校の行事でも奈良公園に行き、鹿と会う機会が多かった。
  一昨年の冬 大阪の実家に帰った際、私は夫と共に奈良公園を訪れた。久しぶりに鹿に会えるのが、なんだかとても懐かしかった。お正月を少し過ぎていたが、人もそして鹿もたくさんいた。関東生まれで関東育ちの夫にとっては初めての奈良。人の多さよりも鹿の多さに驚いていた。
「鹿せんべい、 あげてみようかな?」動物好きの夫はとても嬉しそうだった。子供じゃないんだから四十過ぎたおっさんが・・・と心の中で思いつつ、まあ初めて来たから仕方ないかと 鹿せんべいを購入。するとそれを見ていた鹿たちは一斉に夫に群がってきた。前足を夫の胸の辺りにかけて餌を奪おうとするものもいた。夫にとっては初めての鹿の洗礼?だった。私は それを見てクスッと笑い、すかさず、その瞬間を写真におさめた。
 「なんなんだ、これは?」「こんなの序の口でしょう?この辺の子はね、学校の遠足とかで奈良公園に来ると 鹿にお弁当食べられちゃったりするの。これぐらいで驚いてちゃだめだって。」
結局 夫は途中で一枚一枚おせんべいをあげるのをあきらめて 残りのおせんべいを全部まとめて遠くの方に投げ 私のほうに避難してきた。
 帰ってきた夫のコートは、後ろについていた飾りのヒモがひきちぎられ ところどころ鹿の唾液でベトベトになっていた。
「やっぱり奈良公園の鹿を見ると心が和むね。」私がそういうと「遠くから見ているぶんはね。」と返事が返ってきた。
 夫に限らず 初めて奈良の鹿に会う人は少なからずこんな経験をするのではないだろうか。そしてそれは どの場所よりも、いつまでも心に残る旅の思い出になるのだ。
 案の定 休み明け 会社の同僚に奈良公園の鹿の話をしたら盛り上がったと 後日、夫は得意げに私に言った。
 やっぱり 奈良を旅する楽しさは 鹿とのふれあいであることを私は心の中で再確認するのだった。

埼玉県在住 I.A.様 40代 女性